iWatchから見えるアップルの未来/talk with大谷和利さん「IT」
えひらビルマガジン cafe talk
「iWatchから見えるアップルの未来」
アップル記事を書いて30年、大谷和利さんと語る、iWatchとアップルの未来
えひらビルマガジン 編集者 簗 尚志
「iWatch」という名のアップル製腕時計のうわさがかまびすしい。iPhoneで、世界の携帯市場を塗り替えたアップルからの、新ジャンルのデバイス発表ということで、各種メディアは毎日のように関連情報を記事にし、相当の盛り上がりを見せている。
グーグルで「iWatch」で画像検索。多数の[予想]画像を見る事ができる。
この話題の中心のiWatchに関する、6〜7月ぐらいのうわさを含む情報を集めてみると、iWatchは、
・本年10月発売
・iPhoneと連動して利用
・健康関連のセンサー(活動量、睡眠、血圧、心拍、血糖)を多数内包し、iOS 8 の「healthbook」と連動可能
・1タイプではなく複数(2つ?)
という姿が浮かび上がってきた。
もちろんすべては予測情報だが、生産は台湾の広達電脳(Quanta Computer)が請け負い、7月から生産開始という情報も出ているだけあって、発売は「確実」、10月という線もかなり濃いといえよう。
今回のえひらビルマガジン cafe talk では、この iWatch とはどのような製品なのか、iWatch から見えるアップルの未来はどうなるのかを、アップルの記事を書き続けて30年以上という大谷和利さんと、7月初めのあるカフェで語り合った。
・・・
■「腕時計スタイルのiWatch は最低でも2タイプ。さらにウェアラブルなデバイスを、あと2タイプは用意していると思う」
まず iWatch に全般に関して、大谷氏に聞いてみた。
「iWatch は、秋には出ると思います。これは、女性用、男性用と少なくとも2種類が用意されるでしょう。また、同時に発売されるかどうかはわかりませんが、私(大谷氏)が考えるに、アップルはこうしたウェアラブルデバイスを複数展開してくるはずです。今話題になっている腕時計型の iWatch もその1つですが、他にもブレスレット型とイヤホン/ヘッドホン型が考えられます。」
「iWatch を始めとするウェアラブルデバイスは、ユーザーにとって、アクセサリのように身体に近い存在です。したがって、それらに対する購買意欲も、個人の嗜好に相当影響されると言えます。
もちろんスマートフォンである iPhone も、常に身近にある製品です。しかし、身体と一体化しているわけではなく、ポケットや鞄に入れて持ち歩き、通話やメール、SNSのチェックなどの際に取り出しても、処理が終わればまた戻されます。
これに対して、時計やブレスレット、ネックレス、さらには眼鏡といった、いわゆる装飾品的なモノは、常に他人の目にさらされますし、その時々の服装とのマッチングなども気になるため、もっと個人の好みが反映されるはずなのです。」
「たとえば、今、一部で話題の Android の時計(Android Wear OSベースの時計型ウェアラブルデバイス)にしても、『これを腕に付ければ、もっと情報が身近に活用できる。声で操作して、手持ちのスマートフォンにコマンドを送ったり、処理の結果を表示することも可能』という、スマートフォンの機能を外部に拡張したような製品です。
しかし、その程度のことをするために、自分のお気に入りの時計と取り替える人がどれほどいるでしょうか? 今回、Google I/O で発表された3機種は、デザイン的にはそれほどひどいものではありません。中でもモトローラ社の moto 360 などは、円形のディスプレイを利用したシンプルなデザインで好感が持てますが、それにしても世の中に数多く存在するブランド力もデザイン性も高い既存の腕時計と比較すると、可もなく不可もないというレベルではないでしょうか。それでは、買い替えや買い足しは促せそうにありません」
「もちろん時計のブランドやデザインには興味が薄く、時間がわかれば十分、という方も多いでしょう。では、そのような方々がスマートウォッチを買うかと言えば、『スマートフォンに着信したメールが手元でわかる』程度のことに2万円※1も使うとは考えにくいわけです。 まして、1、2日毎に充電が必須というようなスペックでは、アピールできません。」
「アップルは、そのようなユーザーの趣味嗜好の部分も良くわかっており、ウェアラブルデバイスの分野に進出するにあたって相当の研究を重ねて、TPOや個性を考えて複数のスタイルを用意してくるはずです。
そこまでしても、エルメスやグッチの時計をしている女性が、おいそれと iWatch に切り替えるとは考えられません。しかし、ファッションの世界ではアクセサリの重ね付けはアリなので、ブレスレットタイプであれば買ってもらえる可能性が高い。
普段、腕時計をしない人でも、運動のときにブレスレットタイプを付けましょうという提案であればわかりやすいと言えます。あるいは、音楽を聴きながら運動する人なら、ブレスレットよりヘッドホンかイヤホンタイプが良いという具合に、その人のライフスタイルに対して押し付けにならない製品に仕上がっていなくてはならないわけです。それならば、意識としては今までと変わらずに iOS 8 に搭載される healthアプリなども活用できるでしょう。」
※1:Android wear を利用した時計型デバイスとしては、現在、韓国LG電子製の「G Watch」が購入可能(2万2900円、税込)。
■すでにイヤホン/ヘッドホンでの特許も取得
大谷氏は大胆にも iWathc 以外にも2タイプのデバイスがある、それはブレスレットとイヤホン/ヘッドホンタイプだ! と予測された。ブレスレットについては、すでに「Nike FuelBand」なども販売されているので、アップル製ブレスレットは想像しやすいが、さらにイヤホン/ヘッドホンタイプもあるのでは?! という意見には、いささかビックリだ。
しかし、これも突拍子もない予想ではないのだ。米国の著名なアップル情報サイト Apple Insiderの2014年2月の記事によると、アップルは健康をモニタリングするセンサーを入れ込んだヘッドフォン・イヤフォンに関する特許を、2014年2月18日に取得したとのこと。
(AppleInsiderより)
http://appleinsider.com/articles/14/02/18/apple-patents-sensor-packed-health-monitoring-headphones-with-head-gesture-control
これが製品化されれば、イヤホン/ヘッドホンをしただけで、体温、心拍数などのデータを iPhone に送ることができるようになる。それに体温は耳で測る方が短時間ですむというメリットもあるので、運動によって変化する体温をリアルにトレースできるかもしれない。
さらに大谷氏の予測として、「もしそのようなスマート・イヤホン/ヘッドホンが発表されるとして、それに先頃買収した『Beats』ブランドが冠されるなら、少なくとも米国ではすごい反響を呼ぶと思いますよ。」の意見には、私も思わず大きくうなづいてしまった!
■タグ・ホイヤー幹部のアップルへの移籍
実はこの iWatch 関連ニュースでは、7月4日に気になる1つの記事がロイターから発表された。スイスの高級時計メーカー、タグ・ホイヤーの幹部「Patrick Pruniaux」氏がアップルに移籍したとのこと。タグ・ホイヤーといえば、時計好きで知らない人はいないほどの老舗ブランドで、テニスの錦織圭選手、マリア・シャラポア選手などがアンバサダーとしても有名だ。
私的な意見で恐縮だが、現代社会における「ウェアラブル」なモノには、もう機能は求められていないと思う。選ぶ際に注目されている部分はファッション性、デザイン性といったイメージやメッセージだと思うのだ。
時計などはその最たるもので、今や時計を選ぶときに「正しい時間を刻んでいるか」を誰も気にはしない。時間が合っていて当たり前、今の時計選択の基準は、それを腕にすることで、如何に自分を引き立ててくれるか、自分の気持ちに合っているかに移っていると思う。
衣服や靴、帽子、手袋等も、機能の部分は相当磨かれており、極寒の地に行く、フルマラソンをするといった特別なシーン以外では、どれを買っても「機能的にがっかりする」ことは今や少ないだろう。
老舗ブランドのタグ・ホイヤーは、そこのところが良くわかっているはず。「正しい時を刻む」だけなら、1000円のクオーツ時計を買えばいいのだ。日本なら数千円で10万年に1秒という誤差の電波腕時計も買えてしまう。こんな状況で、どのような製品が顧客の満足を得るのか、どんな時計を作れば顧客が腕にしたくなるかがよーくわかっているはずだ。
アップルがタグ・ホイヤーに求めたのは、コンピュータ屋にはない、TPOや個性といった分野での的確なアドバイスではないだろうか。
iWatch への期待は高まるばかりだが、もう1つ重要なのは「出しゃばらない」ことかもしれない。アップルは今やスマートフォンの世界では、マイクロソフト、グーグルを押しのけ、ハードとソフトの両方で確固たるポジションを持っているが、時計などのウェアラブルな世界ではただの新人に過ぎない。
先のエルメスの腕時計の例ではないが、モノのデザインやブランドにこだわるユーザーが大切にしている手首という「一等地」に、着信メールがすぐわかる、健康に関する貴重な情報がわかるといった利便性を振りかざして接近しても良い結果が得られるはずはない。そこは「出しゃばらず」、既存の100年以上の歴史を誇るブランドの邪魔にならないようなポジションを見つける必要があるだろう。そしてそんな場所を探すなら、既存のブランドと綿密に相談するのがベストなはず。タグ・ホイヤー幹部のアップルへの移籍は、実はこのへんが一番ポイントなのではと思う。
■グーグルグラス、一部に否定的な反応
ウェアラブルデバイスといえば、忘れてならないのが「Google Glass」だ。「OK , glass」と呼びかけるだけで操作でき、視覚の端の方に各種情報が表示され、「迷わず目的地に着ける」「見つめるだけでより詳しい情報がわかる」などなど、私たちの生活を一変させそうな可能性を感じさせるデバイスと言えよう。
しかしこの期待に満ちたデバイスが、いささか苦戦気味という記事がウォール・ストリート・ジャーナルに掲載されていた。
「スマートウオッチがグーグル・グラスの見通しに影」
http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702303379504580020042071488872?mod=djem_Japandaily_t
まだ開発者中心の販売というデバイスなので苦戦といっても難しい判断だが、今年のグーグル社の開発者会議(Google I/O)では2年前のグーグル・グラス登場! のような盛り上がりは見られなかったとのこと。またいくつかの場所では、グーグル・グラスの装着が禁止された。これは主にグーグル・グラスに付いているカメラ機能が周りの人に「勝手に写真を撮られているのでは」という不安を与えるためだ。
『グラス用のアプリを開発している新興企業ファインド・ドット・イットの創業者アドリアナ・ベッチオーリ氏は、話し相手に敬意を払うしるしとして、話をしている時はしばしばグラスを外すと述べた。同氏は、社会的状況の中でグラスをつけているのは難しいとし、グラスは旅行中やビデオ会議などの時により役立つと話した。』(同記事より引用)
グーグルは、このようなネガティブな反応は予想できなかったのだろうか。米国ではGlass と asshole(蔑視の言葉)を足した「Glasshole(グラスホール)=グーグル・グラスによって他者に不愉快な思いをさせる人」なる造語も出来たそうで、グーグル自身も「グラスホールにならないように注意してくれ」というメッセージを出している。
DON’TS: Be creepy or rude (aka,a “Glasshole”)
Respect others’ privacy and if they have questions about Glass don’t get snappy.
(グーグルのサイトより)
https://sites.google.com/site/glasscomms/glass-explorers
この注意がなされたのが、米国発売から1年後の今年の2月。グーグルも事前に、ここまで問題視されるとは思ってなかったのだろう。
で、このへんがアップルはうるさいのだ。大谷氏も「マナーの問題が指摘されているうちは、アップルは(自身も関連特許を持っているにもかかわらず)グラスタイプのウェアラブルデバイスには手を出さないでしょう」という意見だ。
意味合いは違うが、思い起こせば初代 iPhone 登場時、iPhone用のアプリはサードパーティに解放されてはいなかった。セキュリティの問題などで、第三者に iPhone 向けのアプリ制作は許されていなかったのだ。その後は、じょじょに解放が進んだが、アプリの配布は iTunes からのみという姿勢は変わらない。
アップルは自分のコントロールが及ぶ範囲を明確に定め、それをなんと言われようと維持するのは昔からのこと。また苦労して苦労して開発した製品が市場で批判されないように、十二分に研究や準備をするのもアップルである。
iWatch は、アップルが「初めて」発売する「装飾品」だ。はてさて、どのような驚きを私たちに与えてくれるだろうか? それとも、あまりにもシンプル、あまりにも当たり前、特記すべきは健康に関わるフィットネス機能だけという、iPhone 登場のようなデバイスが醸し出す驚きは一切ナシ! という逆の驚きかもしれない。とにかく秋は、iWatch に注目したい。
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