福島菊次郎
福島菊次郎 

『遺言 Part3』福島菊次郎 最終講演&写真展

『写らなかった戦後3 殺すな、殺されるな 福島菊次郎遺言集』出版記念
福島菊次郎作品

伝説の写真家、福島菊次郎の最後の講演&写真展を開催します

講演会

  • 日時:2010年8月14日(土)13時開場、14時開演
  • 場所:府中グリーンプラザ けやきホール (京王線府中駅北口1分 →地図
  • 資料代:前売り800円、当日1000円
  • 聞き手:山本宗補
講演会
2008年、グリーンプラザで講演する福島菊次郎

写真展

  • 8月14日(土)11時~19時
  • 8月15日(日)10時~19時
  • 8月16日(月)10時~19時
  • 場所:府中グリーンプラザ 5階展示ホール
  • 入場料:無料
写真展
2008年、グリーンプラザで開催された写真展

連絡先

福島菊次郎講演会実行委員会
090-5764-8713 (一ノ瀬)
メール: ketmi-peace@docomo.ne.jp (@を半角にして送信してください)

福島菊次郎プロフィール

1921年山口県生まれ。報道カメラマン福島菊次郎としての原点は、広島原爆を6日間の違いで免れ、米軍上陸を想定した九州の蛸壺壕で爆雷を抱え敗戦を迎えたことにある。

戦後、国に見捨てられた被爆者の苦しみを撮影し続け、『ピカドン』を出版(1961)。上京後は60年代から70年代の激動期に、三里塚闘争、ベトナム反戦市民運動、全共闘運動、自衛隊と兵器産業、公害問題、若者の風俗など、多岐にわたる現場を取材し、10冊を超える写真集を刊行した。

天皇の戦争責任を問い続け、「自衛隊は違憲である」との信念から、防衛庁を欺いて自衛隊の軍事演習、隠された兵器産業などをつぶさに撮影し、報道。暴漢に襲われ重症を負い、自宅は不審火で焼けたが信念を貫いた。国に絶望し、マスコミにも絶望した福島は、26年前に東京を捨てて瀬戸内の島に入植。1987年には、『戦争がはじまる』と題したフォトルポルタージュを刊行する。まさに改憲の野望に燃える政権の登場を予言したかのようなこの写真集は、今こそ必見の書といえるだるう。

孤高のジャーナリストも老境の90歳、体重37kgで満身創痩。報道写真家として、主権者の1人としての責任をまっとうしようと、ジャーナリズムのあり方をタブ一なく論じる。 07年6月に都内で行なわれた「遺言講演会]に続いて、08年9月には東京・府中市で「遺言講演会part2」及び写真展を開催。会場にあふれかえる幅広い年齢層の人々の熱い要望に応えて、この夏再び山口県から駆けつけ、 最終講演と写真展を行なう。

写真集および著書紹介

  • 『ピカドン ある原爆被災者の記録』(1961 東京中日新聞)
  • 『ガス弾の谷間からの報告』(1969 MSP出版)
  • 『迫る危機 自衛隊と兵器産業を告発する』(1970 現代書館)
  • 『戦場からの報告 三里塚・終りなきたたかい』(1977 社会評論社)
  • 『原爆と人間の記録』(1978 社会評論社)
  • 『公害日本列島』(1980 三一書房)
  • 『叛逆の現場検証(日本の戦後を考える)』(1980 三一書房)
  • 『リブとフ一テン(日本の戦後を考えるPart2)』(1981 三一書房)
  • 『天皇の親衛隊』(1981 三一書房)
  • 『戦争がはじまる』(1987 社会評論社)
  • 『瀬戸内離島物語』(1989 社会評論社)
  • 『写らなかった戦後 ヒロシマの嘘』(2003 現代人文社)
  • 『写らなかった戦後2 菊次郎の海』(2005 現代人文社)
  • 【近刊】(仮定タイトル 現代人文社)
    『写らなかった戦後3 殺すな、殺されるな 福島菊次郎遺言集』

聞き手:山本宗補(やまもとむねすけ)

1953年、長野県生まれ。フォトジャーナリスト。「琉球新報」紙上で、戦争体験者の聞き取りを『戦争の記憶』として連載中。福島菊次郎さんについての取材も多い。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)会員。主著に、佐々井秀嶺師44年ぶり帰国写真集『日本行脚』、『また、あした 日本列島老いの風景』(アートン新社)、『フィリピン 最底辺を生きる』(岩波書店)、『ビルマの子供たち』(第三書店)、『ビルマの大いなる幻想』(社会評論社)など。共著に『見えないアジアを歩く』(三一書房)、『フォトジャーナリスト 13人の眼』(集英社新書)がある。