![]() 2008年、グリーンプラザで講演する福島菊次郎 |
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![]() 2008年、グリーンプラザで開催された写真展 |
1921年山口県生まれ。報道カメラマン福島菊次郎としての原点は、広島原爆を6日間の違いで免れ、米軍上陸を想定した九州の蛸壺壕で爆雷を抱え敗戦を迎えたことにある。
戦後、国に見捨てられた被爆者の苦しみを撮影し続け、『ピカドン』を出版(1961)。上京後は60年代から70年代の激動期に、三里塚闘争、ベトナム反戦市民運動、全共闘運動、自衛隊と兵器産業、公害問題、若者の風俗など、多岐にわたる現場を取材し、10冊を超える写真集を刊行した。
天皇の戦争責任を問い続け、「自衛隊は違憲である」との信念から、防衛庁を欺いて自衛隊の軍事演習、隠された兵器産業などをつぶさに撮影し、報道。暴漢に襲われ重症を負い、自宅は不審火で焼けたが信念を貫いた。国に絶望し、マスコミにも絶望した福島は、26年前に東京を捨てて瀬戸内の島に入植。1987年には、『戦争がはじまる』と題したフォトルポルタージュを刊行する。まさに改憲の野望に燃える政権の登場を予言したかのようなこの写真集は、今こそ必見の書といえるだるう。
孤高のジャーナリストも老境の90歳、体重37kgで満身創痩。報道写真家として、主権者の1人としての責任をまっとうしようと、ジャーナリズムのあり方をタブ一なく論じる。 07年6月に都内で行なわれた「遺言講演会]に続いて、08年9月には東京・府中市で「遺言講演会part2」及び写真展を開催。会場にあふれかえる幅広い年齢層の人々の熱い要望に応えて、この夏再び山口県から駆けつけ、 最終講演と写真展を行なう。
1953年、長野県生まれ。フォトジャーナリスト。「琉球新報」紙上で、戦争体験者の聞き取りを『戦争の記憶』として連載中。福島菊次郎さんについての取材も多い。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)会員。主著に、佐々井秀嶺師44年ぶり帰国写真集『日本行脚』、『また、あした 日本列島老いの風景』(アートン新社)、『フィリピン 最底辺を生きる』(岩波書店)、『ビルマの子供たち』(第三書店)、『ビルマの大いなる幻想』(社会評論社)など。共著に『見えないアジアを歩く』(三一書房)、『フォトジャーナリスト 13人の眼』(集英社新書)がある。