この子、は沖縄だ

沖縄へ行こう! 辺野古に 高江に行こう
 

第6回ツアーのチラシ(表)第6回ツアーのチラシ(裏)

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第6回辺野古・高江ツアーのお誘い その1
11月22日(火)~24日(木)の2泊3日

沖縄の闘いはこれからが正念場だ
          あなたのチカラを沖縄へ!

メィンは高江での早朝座り込みに参加すること。そして、それは「何を守ろうとする闘いなのか」を、身体を通じて知ってもらう。やんばるの森を歩き、沖縄の人々が代々大切にしてきた聖地や文化に触れ、また最高の沖縄料理を味わいながら・・・。という、いわばこんなツアーがあったらいいな・・・をカタチにしたようなツアーです。スタッフも自分のヒコーキ代等払っての参加で、添乗員とは違うし。ってことで参加者みんなで知恵と力を出し合って、楽しいツアーにしませうね)

東洋のガラパゴス、やんばるの森。天然記念物のヤンバルクイナもノグチゲラもいる生きものの宝庫。
そんな森に在る米軍・北部訓練場。2007年、そこで巨大なヘリパッド建設が始まった。140人が住む高江の集落を囲むかのようなその企てに、住民は激しく抵抗。結果、完成したのは6か所中、2か所だけ。
今年7月、政府は高江に、全国から集めた500人の機動隊を送り込んだ。あくまで抗議の座り込みを続ける住民と支援者を、機動隊をもって強制排除しつつ、何とか残り4か所の建設を図ろうとして・・・・。
ヘリパットとは、海兵隊の新型輸送機・オスプレイのための離着陸帯のことで、そこから飛び立つこの不格好なヘリコプターは従来のものより音もうるさいし、墜落の危険も高い。そんなもののために、政府は、陸上自衛隊の大型輸送ヘリCH47を使って重機やトラックなどの搬入作業まで手伝い始めた。もちろんこれ、「自衛隊法」無視の違法な行為だ。
ヘンだ、おかしいと、誰でも思う。沖縄の住民がほぼ一丸となって反対しているのに、一切聞く耳を持たない政府ってなんなんだ?日本はアメリカの属国なの?この国の民主主義はどうなってるの?「自衛隊法」を守らない防衛庁を、なんでメディアは厳しく追及しないの?

基地もオスプレイも大変な問題だ。しかしそれらのせいで、危うくなってる森の草木、ケモノ、虫,鳥のいのち。私はそれが気にかかる。彼らは、明日の私たち・・・ではないのか?いや、果たして私たちに明日はあるのか。壊れた福島の原発に恐怖した3・11東日本大震災。あの天変地異を思うと、そんな気がしてならない。今じゃ国民の大多数は原発に反対している。でも沖縄と同じです、いくら反対しても、原発推進を止めないアベ政権。こんな地震の多い国に原発かよ。実はやんばるの生きもの以上に私らは、風前のともし火なのかも。
沖縄に犠牲を強いての平和。そのことに気づこうともせずに、憲法9条を誇りに思ってきた私。認めるのはつらいけど、沖縄にこんな現状をもたらしたのは本土の、私や、私たちの、沖縄に対する無関心だ。
そのことにやっと気がついて、いま、私は朝の高江で座り込む。森に蠢くいのちと共に。

「そんな座り込み、私もしたい」と思う方は、 スケジュール をとくとご覧あれ。

今回はたった15名の募集だ。気持ちが動いたら
直ちに予約を。待ってま~す。

以上を記して、
から。
または、
FAX: 042-676-7650
へお申込みください。



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「誰のいのちも大事」と、「役に立たないいのちは要らない」のあいだ

伝説的書籍『いのちの女たちへ-とり乱しウーマン・リブ論』新版の発 売を記念し、田中美津さん、上野千鶴子さん、伊藤比呂美さんによるト ークイベントを開催いたします。
「生まれ出ずるいのちへの喜び」も、「障害を持った子どもは、できる なら生まれてもらいたくない」の気持ちも両方本音。いま、私たちはど のようにいのちと、ま向かおうとしているのか。お三方に語っていただ きます。

講演者紹介

参加方法

※お預かりした個人情報(氏名・電話番号)は、お申込みのイベントが中止、もしくは日時が変更になった場合のご連絡のみに使用致します。

主催:八重洲ブックセンター 協賛:パンドラ

≪4回目ツアー≫2015年11月29日~12月1日実施

写真で綴る2泊3日の辺野古座り込みツアー

まずは全員集合!
民族資料博物館の真嘉比館長さんを囲んで、総勢31人。

《1日目》

名護の民族資料博物館は、一見ヨレヨレ。でも実は大変充実してて感激しました!

オッチャンと呼びたいような風貌の館長真嘉比さん。ここはこの人が私財を投じて作った私設の博物館だ

う、う~、凄い品揃い!1万点もあるそうな。もう、どれを見たらいいのか迷うな

徴兵された人に送った寄せ書きの日の丸も。         

蓄音機もメンコも! 懐かしいモノがいっぱい。

《2日目》

早朝、いよいよ辺野古へ!!!!

朝7時頃のキャンプシュワブ前のものものしい光景

機動隊に囲まれて集会参加!

座り込んでまもなく、一人ずつ、こんなふうに機動隊に排除された

負けないぞぉ! プラカードを掲げて、基地の前をみんなでデモる

キャンプシュワブのテント村風景


座り込みを終えて、辺野古崎の高台へ。

フリーライター浦島悦子さんが辺野古の闘いや眼下の大浦湾について話してくれた。

そして高江のキャンプ村に行く前に「やんばるの森」を訪ねる

こんな豊かな自然が、オスプレイ等の発着で壊されつつあるのだ!


森を歩いたあと、高江のキャンプ村へ

キャンプ内の会場で、その日の担当の方から、高江の闘いについて教えてもらう

この後高江から貸し切りバスで那覇に帰る。
那覇の定宿は「セントラルホテル」。
旨いバイキングの朝ごはんと、大浴場の温泉付き。
さぁ英気を養って、あと1日をしっかり充実させよう!

《3日目》

朝は近くの公園で瞑想、それからヌヌマチガマへ出発だ。

まずは深い呼吸と瞑想で1日が始まった

バスでヌヌマチガマへ。な、なんか怖いぞ、ガマの入り口。皆しずしずと進む。

真っ暗!とても足場の悪いガマだ。こんなところに野戦病院があったのだ・・・

苦あれば楽あり!ガマを後にして、最高のお昼ご飯をいただく

糸満の「ゆっくい大城」さん宅でお昼を。

風が吹き抜けていくような気持ちいいお部屋で、大城あんまーの手料理をいただく

心のこもった沖縄の家庭料理。あぁおいしかったなぁ・・・・・。

やっ、待ってましたっ!食事の後のミニライブ。

大城さんのお骨折りで実現した島唄ライブ。
お二人の唄者はなんと、辺野古の新基地反対の気持ちは一緒だからと、出演料を固辞されて・・・・。お二人ともすっごくプロだった。


もうノリノリ!勝手に手足が動いてしまう。

この後平和祈念資料館を再訪。その後に対馬記念館も見て、そして
那覇空港から帰途についたのですが、
写真が無いので、大島さんの家の花で終わりとさせていただきま~す。

詳しくは「第4回ツアー報告」を見てね!

第4回辺野古座り込み参加ツアー

辺野古の座り込みもいよいよ緊迫してきました。私たちは、29日に飛行機で那覇に着いたら直ちに高速バスで名護に。そして翌朝早く貸し切りバスで出発、6時半頃には辺野古に着いて座り込みに参加する、というスケジュール。
毎朝ゲート前には100名くらいが座り込んで欲しいそうですから、まとめて30名で駆けつける私たちは大いに頑張りがいがあるか、と。

といっても、非暴力が前提の、オバァ・オジィ中心の座り込みです。
危ないことはやらないし、起きないハズ。ただし、機動隊に引きずられ排除されるくらいの事は覚悟して、汚れてもいいような恰好でどうかご参加を。
テレビで見ると座り込むというより、寝そべって抗議してるみたいね。ウ~ン、からだの下に敷く、温熱効果のある、捨ててもいいようなマットってないかしらねぇ。と、「冷えに気をつけて」が口癖の鍼灸師は思う(笑)。

さて、偶然読んだ小冊子で映画「シロウオ」の監督かさこ氏がこんな指摘を。

事前に津波や電源喪失の危険が指摘されていたにもかかわらず、福島原発事故を未然に防ぐ努力を怠った者がいる。この国はなぜそうした者や、原発は安全だとウソをついた者に責任を取らせ、刑罰を与えるとういうことをしないのか。戦争責任もそう、東芝問題も、新国立競技場の問題も同じ。誰も責任をとらないまま、計画が続行されたり、1件落着となっていく――。

イエスでもないノーでもない、あいまい決着が大好きな私ら日本人。ものごとをしっかり見ようとしないで、罪を問わず、あいまいで無責任な終わり方を良しとする。これって日本人の国民性なんだろうか。それだから―――。
一方で平和憲法を誇りながら、基地だらけの沖縄の現実には無関心、気づこうともしない・・・という人たちで満杯だ、この国は。(テレビのドキュメント番組も、「おんな」や「沖縄」がテーマだと確実に視聴率が下がるんだって)

沖縄は快適なリゾート地であればいいのよ・・・・というのが人々の本音。だから、行っても基地は目に入らない。
そういうまなざし自体差別以外のものではないのに、差別してるとも思わずに、平気で沖縄を差別し続けてきた本土の私ら。

沖縄の真の敵は、米軍やアベ政権じゃない。
本土の人私たちの、沖縄に対する無関心。それこそが沖縄に不幸をもたらし続けてる元凶だ。
憲法9条が大事なら、辺野古に200年も使えるような新基地は作らせない。わかりきった話よ。だから現地のオバァ・オジィと一緒に座り込む。支援なんかであるものか。これは、まさしく、私らの闘いだ。

口コミは強力な武器である。

身近な人、好ましい人から言われたことは、大脳に沁みていく。それだから、聴くこと、食べること、触れること等、体験することを通じて、感じること,想うことがイッパイのツアーにしたいのね。
参加者が語りたいことをイッパイ持って帰れるツアーにしたい。
スケジュール表を見れば、そんなスタッフの想いは一目瞭然。このツアーはそこがポイント、キモ(肝)である。

キモは豊かに、値段は安く!ってわけで、スタッフは毎回、自腹をきっての参加。乏しい家計を顧みず(笑)自腹切ってまでやりたいこと、それは・・・・。

辺野古での座り込みだけでなく、かの地の歌や食べ物、空や海の碧さ、猛々しい緑、土の匂い、ガマの闇の深さ、人々の笑い・・・・・、そういったものをいっぱい心に刻んで、あなたが味わったそのときめきや驚き、怒りを、帰ったらぜひ身近な人たちに伝えてもらいたいっ。
たいっ・・・・から、私らはスタッフしてる、自腹も切ってる。

1人が5人に、5人が10人に、沖縄を伝える。
沖縄の豊かさ、美しさ、悲しみ、憤り、勁(つよ)さを、伝える。
伝えることで、無関心の壁を壊していく。少しづつ、でも確実に。

「ウン百人集まったから成功だな」という主催者発表、常にそれより少ない警察発表。しかし私らはカウントされるために、集会・デモに行くんじゃない。

国会前の集まりでも思うのね。毎回ほぼ同じ顔ぶれのウンドー有名人たちのアピールは聞き飽きた。今夜たまたま出会ったこの隣の人と、自由に話をさせろよ。アイデァはムダ話から飛び出すんだから。疲れもただ黙って立っているよりは、苦笑や微笑みを交し合う方が取れそうだ。
それなのに今日も誰とも喋ることなく帰るのか。退屈で、死んだ魚の目みたいな、そんな顔、顔、顔が並んでいることになぜ気づかない?
何人集会に来たかということが主催者の一番の関心ごと。だから、気づかないんじゃないのと、邪推しつつ帰途につく。

人はみな、見たい夢を見る。
人はチカラだ。私らはチカラだ。無力な数じゃない。

これは、あなたにチカラを発揮してもらうためのツアー。

ホントにささやかな30人のツアーだけれど、行って見て感じたことを、あなたが周りに話す。
辺野古は、安保問題の最前線。沖縄問題は、本土問題。行った者による口コミは、何よりの沖縄支援だ。

本土の無関心を打ち破ろう!
あなたの力を沖縄へ!

辺野古への気持ちはブルーで表現

辺野古は、ブルーがシンボルカラー。颯爽とブルー、しなやかにブルー。
リボン、スカーフ、セーター、ブラウス、帽子、ベルト、運動靴・・・・・
と、なんでもいいからブルーの色を身につけて、辺野古新基地反対への連帯の気持ちを表現しませう。

〈辺野古座り込みツアー〉言い出しっぺのご挨拶  田中美津

今回のツアーについて、6月8日に沖縄タイムスと琉球新報がそれぞれ、「辺野古への 無関心を変える」「本土の鈍さ変えたい」と題して、私たちの活動を写真入りで紹介してくれた。
「本土の無関心が、沖縄への差別や、政府のひどい仕打ちを支えている。辺野古での座り込み参加を呼びかけつつ、沖縄の苦しみを座視してるだけのあなたでいいのかと、本土の人たちに問うていきたい」という私たちの活動の趣旨もキチッと伝えてくれてる記事で、ホント、ありがたいなぁ。
それにしても・・・・・。戦後70年、今やっと沖縄の方々の痛みに気づくなんて、なんて鈍い私なのだろう。
鈍い私をド突いてくれたのは1枚の写真だ。車に轢かれて倒れている小さな女の子、その周りに佇んでるだけの米兵と日本人。嬉野京子さんが1965年に撮ったその写真を、ある時ネットで偶然に見て、見た瞬間、思わず息が詰まった。
沖縄の人たちが長年抱えてきた深い憤りと悲しみが、その時一挙にわかった、鈍い私にも。
・・・・頭では無論わかっていたわよ。それになんだかいつも申し訳ない気がしていたし。でも沖縄という傷口から滴り落ちてる血で,私の手が染まることはなかった。
時折ニュースを見ては良識派の一人として、沖縄も大変だなぁと詠嘆し傍観してきただけの私。私はそんな人間だったのかという恥ずかしさ。いま今私を突き動かしているエネルギーはそれだ。
とにかくこの写真を一人でも多くの人に見てもらいたい。
見た人の何人かは、私同様、沖縄の痛みに胸を突かれるはずだ。
そういう幾つになっても傷つくハートを持ってる人と出会いたい。出会えば私たちは一層大きなエネルギーを沖縄へ送ることができるだろう。
人間72歳になれば、おおよそ先が見えてくる。どういう人間として自分は死にたいのか。
世の中の大方の人よりは沖縄問題がわかっていると思い込んでいた自分、沖縄の人の痛みを頭で理解してるだけだった自分を、変えていきたい。
僅かでも変えることができて、より人間として真っ当になって死ねたら、うれしい。ただそれだけだ。
幸いまだ膝も腰も痛くない。どこまで行けるかはわからない。
が、からだが動く限り、辺野古の座り込みを続けたい。
行く人が居なくなって、私一人になっても、これだけは続けていきたい。
いまから秘かに、そういう気持ちでいる。

愉しくうねってドンブラ、ドンブラ、辺野古へ

ぐるーぷ・「この子、は沖縄だ」の、3回にわたる2泊3日の沖縄ツアー。
その中心は、辺野古での座り込みや抗議行動への参加です。
座り込みじゃ膝が痛いって? 大丈夫よ、現場のテント村にはスチール椅子が用意されているから。

座り込み以外にもいろいろやる。
南部戦跡等を訪ねて沖縄の苦闘を肌で感じたり、
現地の「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」のメンバーとの交流、
また、「平和のガイドさん」に沖縄の戦中、戦後についての話を聞かせていただくエトセトラ。

そんな私たちは一見、沖縄支援、辺野古支援のグループのよう。
でもそういうカタチをとりつつ、実は真にやりたいことがあるのね。
それは、
本土と沖縄の関係はこれでいいのか、
沖縄を犠牲にしての(差別しての)暮らしを、私たちはいつまで続けるつもりなのか、
という問いを、それこそ波のうねりのように本土に広げていきたいのです。

平和への最大の敵は無関心、沖縄が抱える敵も同じです。

いま、沖縄への無関心をうち破ろうとするうねりが、本土のあちらこちらで起きている。
私たちのグループも、そのうねりのひとつ。
辺野古基金へのカンパの7割は、本土からのものだそうです。
沖縄こそが民主主義の原点。
そう思う人たちがいま、沖縄から、本土から、ドンブラ、ドンブラとうねりながら、自分を変え、日本を変えていきつつある。

さぁ、あなたと私も愉しくうねってドンブラ、ドンブラ、辺野古へ、辺野古へ。

辺野古
辺野古

空からの辺野古 撮影:外間喜明

沖縄県民の4人に1人が亡くなった沖縄戦

沖縄戦とは太平洋戦争の最終段階、1945年3月下旬から7月までの戦いを言います。
1941年に太平洋戦争が勃発し、太平洋の島々で劣勢となった日本軍は、米軍が沖縄に上陸すると見て、米軍を沖縄にくぎづけにする作戦をとります。
それは、本土決戦の準備をするための時間稼ぎであり捨石作戦でした。このため、沖縄は唯一の地上戦の場となります。
米軍は1945年の4月1日に沖縄本島の中部に上陸し、日本軍の指令部のあった首里に向かいます。米軍の圧倒的な戦力に、首里の陥落が目前にせまったところで日本軍は南部へ撤退します。
米軍の上陸地点から首里城指令部までを中部戦線、首里以南を南部戦線と言います。
南部戦線では十数万人の一般住民が巻き込まれ悲惨な結末を迎えることになります。
6月23日、牛島司令官の自決により日本軍の組織的戦闘は終了しますが、その後も各地で戦闘が続ぎ、米軍が作戦修了を宣言したのは7月2日のことでした。
この90日間にわたる沖縄戦で、日本兵6万6千人、沖縄出身兵2万8千人、米兵1万2干人、一般住民9万4千人が亡くなりました。
当時の沖縄県の人口は約50万人でしたから、沖縄県民の4人に1人が亡くなったことになります。

国連環境計画アジア太平洋事務所代表から「ジュゴン保護の重要性は十分に理解」

国連が住民の手紙に返信 辺野古
2015年5月10日(日)
沖縄タイムス記事

主催者のつぶやき

緊張しっぱなしの都会の暮らしから辺野古の青い海にシフトする

hibiscus 沖縄に行って辺野古の座り込みに参加する・・・・というのは、趣味の旅でも自分探しの旅でもない。それは辺野古基地反対に向けたささやかな政治行動。それなのにナゼ?と聞かれる。2泊3日の日程に、アーユルベーダーの呼吸法を習う講座が組まれているでしょ、それはナゼ?

言うまでもなく、沖縄や辺野古の問題と出会っていくには、賢い頭だけでは不十分。眼や鼻や口、そして皮膚感覚が必要だ。かの地にはおおらかな笑顔があり島唄やカチャーシャがあり、風や光、海のきらめきがある。私たちはそういうものと、からだぐるみ出会っていくのだ、いや、出会っていきたいなぁ。

緊張は出会いの敵。人であれ風であれ他と出会うには、緩んでることが絶対条件。でも、人は急には緩めない。緊張しっぱなしの都会の暮らしから辺野古の青い海にシフトするには、呼吸だ、呼吸。2回、3回と深い呼吸をしていくうちに、心は落ち着き、からだは緩む。生きてるっていいなぁの人に、自然となっていくから不思議。私たちはもともとそんな風に作られていたんだね。アーユルベーダーの呼吸法は、いわばそのことを知るためのもの。

朝、散歩がてら近くの公園に行って、静かに深く呼吸することから始まる辺野古やキャンプシュワブとの出会い。この際、この身のすべてで出会っていきたい、だから・・・・・。

旨い食事で元気にハンタ~イ!

今回参加費に含まれているのは2回の朝食と1回の昼食だけで、夕食はご自由にということになっている。しかし初めての場所でうまくレストランが見つかるかしらと心配し、せっかくだから、おいしいものを食べてほしいと願って、スタッフの一人が滞在ホテル近くの飲食店探しに沖縄に飛んだ、こんな安くてマジメ一筋のツアーが、そこまでするかとつぶやきながら。

見つけてきたのは、1件は自然食のお店。店名は「実身美(さんみ)」という。[実があって、身体に良くて、美しい]がうたい文句で、おいしいとは言ってない。事実味が薄くて、おかずとしてはもの足らないかも。でも、からだにはいい。静かで雰囲気がいいお店です。

そしてその隣にあるのが「沖縄食堂じまんや」。モズクやゴーヤチャンプルー等沖縄の味に触れたい人は、ここ。雰囲気も悪くない。

さらに濃い沖縄の味が好みの人には、近くの「てぃーだんぶ」がお勧め。地元の方々のおしゃべりが聞けそうなお店です。

食べ物もまた、生きてるっていいなの源だ。精々おいしいものを食べて、元気に辺野古、負けないぞ辺野古。

朝日新聞(6月17日)に田中へのインタビューが載りました

「(リレーおぴにおん)セブンティーズ:7 自分あっての人生だ! 田中美津さん」デジタル版で読む事ができます。

東京新聞(5月31日)に紹介されました

東京新聞